話し相手_20170207

相談……この言葉にはどうしても「回答」「助言」という言葉が付き纏う。実際、こうしてお電話を受けていても、しばしばそうした事態に出会う。つまり、「~~な状態にありますがどうしたら良いか教えて下さい」「~~と云った事を考えなくなる方法を教えて下さい」「もっと~~な自分になりたいので私を変えて下さい」等々、そうしたクライアントのニーズは溢れかえっている。

ではそうしたニーズに対して、「話し相手サービス」なり「カウンセリング」には何が出来るのだろうか? 結論から云えば 「たいした事は出来ない」。すなわち、予めどこかに「正解」があると想定し、それを指示されるのを望むタイプのニーズには「たいした事は出来ない」のである。

そうしたニーズには、むしろコンサルテーションが向いている。コンサルテーションとは「専門家がクライアントに解決策を示してその発展を助ける業務を行うこと。専門家の診断や鑑定を受けること」とされている。あるいは「身の上相談」「人生相談」も適しているだろう。その道に詳しい専門家が知識のない素人に対して処方箋を提示する。何でも知っている先生に教えを乞うて救ってもらう。と云うスタイルである。

例えば、法律相談や行政相談などはこうしたタイプの相談だと思われる。あるいは医療相談もそうかも知れない。要は、クライアントの知らない「答え」が予め何処かにあって、それを知ることで、問題解決が図れるような場合である。

では、心理相談ではどうだろうか? もちろん心理的な領域にも一般的な助言と云うものはある。「この病気はどういう病気ですか?」と云う問いに答えたり、あるいは、心的疾患が疑われる場合に専門機関の受診を勧める……etc.のような場合である。だが、相談のなかで何らかの改善や解決を目指すとなればどうだろうか? その意味では、コンサルテーションはカウンセリングの中心領域ではないのである。

だが、先の様なニーズであっても、そのニーズに源泉の対しては「話し相手サービス」「カウンセリング」は無力な訳ではない。どういうことか? 差し当たり、

カウンセリングとは、「心理的な援助を必要とする人(クライアント/相談者)に対し、その人にとって望ましい変化が生じることを意図して、科学的知見に基づき、主に対話を通じた人間理解と援助とを行うこと」と云うことが出来るだろう。「話し相手サービス」はそうでないにしても、対話を通じた人間理解と援助とを行う点では同様である。つまり、この問題に関してはこうすれば良い、と云った助言など持ち合わせてはいないのである。

あるいはこうも云える。「カウンセラー」や「聴き手」は「答え」を知らないのだ、とも。ある意味で当然である。個人的かつ心理的な悩みや問題について、万人に当てはまるような「答え」など存在しないからだ。しかし逆に、「クライアント/相談者」の数だけ「答え」はある。そして、その「答えは」その人だけのものなのだ。そこには一般的な助言など存在しない。そこが「人生相談」や「身の上相談」と異なる点である。対話を通じて「クライアント/相談者」は自ら「答え」を見出して行くのであり、その過程を「カウンセラー」や「聴き手」は、真摯に、誠実に、全力で支援するのである。

と云って、悩みは悩みであり、問題は問題である。「クライアント/相談者」のニーズはすり替えられるべきではない。「不安でたまらない」ならその不安の除去がニーズである。それを人間的成長や、社会適応などにすり替えることは許されない。ただ、それとて、対話を通じて気持ちを分かち合い、ともに「解決」を模索する、と云った格好になるのである。その過程では、「カウンセラー」や 「聴き手」は問うこともするだろうし、感想も述べれば、提案もするだろう。そうした対話のなかで、「クライアント/相談者」はひとりでは見出すことの出来ない「答え」あるいは「解決」を見出して行くのである。


人気ブログランキングへ ← クリックでの応援をお願い申し上げます。