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自分の努力で悩みを解決する手掛かりを獲得することの出来るカウンセリング理論として、論理療法を取り上げ「自己変革の心理学」(伊藤順康 著)を皆さんと一緒に読み始めました。今回は「第3章 事実の世界と受け取り方の世界」です。

第1章で、論理療法では、私たちの行動を左右するような「信条」「信念」「価値観」「思い込み」「考え方」と云った「思考」には、「非合理的・非論理的思考」と「合理的・論理的思考」との2種類があると考える、と云うことを知りました。そして、そのうちの「非合理的・非論理的思考」に捉われるとき、人は、自分で自分を否定的に決めつけ、落ち込んだり、憂鬱になったり、不安になったり、ネガティブな方向へと向うのだ、と。

よって、この「非合理的・非論理的な思考」を見つけて取り出し、自ら有効な反論を行い、それ書き換え、適切な「感情」と「思考」とを取り戻すことで「行動」が変化し、人はより良き自己実現に向かう。論理療法はその様に考えます。そして「非合理的・非論理的な思考」に多く見られる思考には、一部の事実から合理的な根拠もなしに全体を断定する不当な「過度な一般化」と云うものがあり、それを見つけるには「どうせ~~だ」と云った文章記述で表現される思考が目印になると知ったのでした。

次いで第3章では「論理療法の輪郭」が示されます。

※ちなみに「第2章 論理療法と私」はここでは割愛します。

第3章 事実の世界と受け取り方の世界

人は意味の世界に生きる

そもそも論理療法とは現象学の立場に立っています。現象学の考え方の基礎は、『人間は、目に見える世界に住んでいるのではなく、目で見える世界をどう受っとっているか、その受け取り方の世界に住んでいる』というものである(伊藤,1990)。たとえば「小学校」を考えてみます。勉強やスポーツが得意で友達も多い、と云った子供にとってみれば「小学校」は「楽しい場所」かも知れませんが、いじめの被害に遭っていたり極度に勉強が苦手であったりする子供にとっては「つらい場所」となるかも知れません。

さらに、伊藤(1990)の例をそのまま引けば、たとえばクラシック・コンサートの場面。演奏中に誰かの咳払いが聞こえたらどうでしょうか。多くの場合は不快感を感じるのではないでしょうか。但しここで、論理療法では、(A)「咳払い(物理的音声刺激)」が(C)「不快感(感情)」を生じさせたとは考えません。(B)「演奏中に咳払いをしてはならない」と云う受け取り方が、(C)「不快感(感情)」を生じさせた、と考えるのです。つまり、

  (A):咳払い(物理的世界)
⇒ (B):演奏中に咳払いをしてはならない(現象学的世界)
⇒ (C):不快感(感情的世界)

われわれは物理的世界というより、受け取り方の世界、意味づけの世界で暮らしているわけである(伊藤,1990)

ABC理論

「(A)物理的世界」を受け止め意味づけた「(B)現象学的世界」から、私たちの「(C)感情的世界」が生じている、ここまでを論理療法では「ABC理論」と云います。

ところで「(A)物理的世界」を受け止め意味づける様式は人それぞれです。そこに優劣はありませんし、価値の高低もありません。けれど、それが論理的であるか非論理的であるか、合理的であるか非合理的であるかの違いはあります。その差は「事実」に基づいているか「論理性」をもっているか、によって判断されます。第1章で言及されたように、人の思考には「非合理的・非論理的思考(イラショナルビリーフ)」と「合理的・論理的思考(ラショナルビリーフ)」の2種類があると云うわけです。

1.「私は異性にフラれた」 ⇒ 「ゆえにダメ人間である」
2.「私は前回の試験で酷い点を取った」 ⇒ 「だから次回はもっと勉強しよう」

この2つの思考を比べてみます。もちろん出来事どうを受け止めようと各人の自由ですし優劣はないでしょう。ですが、事実に基づいているか、論理的・合理的であるかと云う点からみれば、両者の違いは明らかです。

「私は異性にフラれた」ことはその人の全人格を否定するものではありません。相性もあるでしょうし、たんに交際の仕方を間違った結果かもしれません。「私は前回の試験で酷い点を取った」と云うことは前回の試験で解答を間違ったから点が低かった訳です。もし試験での高得点を望むのならば、間違わない様に勉強しようと云うのは合理的です。

1.は「イラショナルビリーフ」、2.は「ラショナルビリーフ」だと云うことになります。

ABC理論と古典の知恵

こうした論理療法の考え方は潜在的には大昔からあったのだと伊藤(1990)は云います。

外界の事物や出来事が、直接に人の感情そのものに影響を及ぼすものでないことは、実は古今の哲人がよく見通していたところなのである(伊藤,1990)。彼はそうした例を幾つも引いていますが、ここではマルクス・アウレリウスのものをひとつだけ紹介しておきます。

君が何か外的な理由で苦しむとすれば、君を悩ますのはそのこと自体ではなくて、それに関する君の判断なのだ


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【文献】
伊藤順康(1990)「自己変革の心理学」講談社現代新書


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