話し相手_20170312

いま抱えている「悩み」や「生きづらさ」を自らの手で解消して行こうとするのが論理療法です。いわば自己カウンセリングの手法とも云えるこの論理療法を学んでみようと云うことで「自己変革の心理学 ~論理療法入門~」(伊藤順康 著)を読み始めたのでした。前回の第3章では、人は、物理的な「事実の世界」を生きている訳ではなく、その事実をどう受け止めたかと云う現象学的な「意味づけの世界(受け取り方の世界)」を生きているのだ、と云うことを学び、ABC理論について知りました。

こうして論理療法の輪郭が示され、第4章では、いよいよ論理療法の基礎が語られます。

第4章 論理療法の基礎(前編)

論理療法の形成

論理療法の創始者A.エリスの出自は「精神分析」であり、もともとは精神分析家でした。ここで「精神分析」について過不足なく述べるとは出来ないので、関連するところを簡単に云えば、精神分析では、クライアント(患者)のつらい感情や、あるいは症状、不適切な行動は、意識化するには不都合がある衝動や欲求、感情が、無意識の過程へと抑圧されることで生じると考えます。つまり、抑圧された心的エネルギーが、不快な感情や症状・行動となって形を変えて表現されているのであり、その無意識の過程が洞察により意識化されることで問題は消失すると考えるのです。

しかし、精神分析を実践するなかで、A.エリスはそのデメリットも痛感することにもなります。その最たるものが「洞察」を得られても治らないケースが多々あると云うことでした。たとえば『父がこわいから、それを感情転移して上司がこわくなったということはよくわかったのです。よくわかったのですが、やっぱり上司はこわいのです』つまり、現在上司がこわい原因を幼少期の体験に求め、それを探り、父親をこわがっているのだという『洞察』が成立しても、依然として上司がこわいのに変わりはないというのである。これではカウンセリングは先へ進まない(伊藤,1990)。これをもって「洞察」が成立した、と云えるのかどうかは甚だ疑問ではありますが、ともかくA.エリスは、「洞察」だけでは不充分で、あえて「行動」してみるところへクライアントを導く必要があると考えたと云うのです。

感情は思考過程から生まれる

さて「行動」にフォーカスした場合、従来の心理療法は「感情」が「行動」の源泉だと考えてきました。つまり「行動」を左右するのはその人の「感情」だと云う訳です。しかし、A.エリスは「行動」にフォーカスするとき「言葉」を重視しました。たしかに「行動」は「感情」によって左右されますが、「感情」は心のなかの「文章記述」だと考えた訳です。「嫌だなぁ」と云う「感情」は「この状態が好きではない」と云う心のなかの文章記述によって生じるとのだと。この文章記述とはすなわち「思考」です。つまり「感情」には「思考」が先行すると考えた訳で、「思考(認知)」が「感情」を規定し、その「感情」が「行動」を規定すると考えたのです。そしてこの「思考(認知)」とは、第3章でみた現象学的な「意味づけの世界(受け取り方の世界)」に他なりません。よってここに「ABC理論」が誕生した、と云う訳です。

たとえば「人前で話す不安」を感じている人の場合、『こんなことをいったらみんなに笑われるだろう』と思えば不安を感じて引っ込んでしまうが、その代わりに、『笑われたって別にかまいはしない。そのために世の終わりがくるわけじゃなし』と心の中で文章記述することができれば、不安は消滅し、発言する勇気につながり、行動も変わろうというものである(伊藤,1990)

   (A):人前で話す場面(物理的世界)
⇒ (B1):こんなことをいったらみんなに笑われるだろう(認知的世界/思考)
⇒ (B2):笑われたって世の終わりがくるわけじゃなし(認知的世界/思考)
⇒ (C1):不安(感情)
⇒ (C2):勇気(感情)

論理療法の出発点

以上のことは感情イコール言語であることを示しているわけであるから、感情を変えるためには言語記述を変えればよいということになると伊藤(1990)は述べます。つまり「不健全な感情=非合理的な感情」は「不健全な文章記述=非合理的な文章記述=思考(認知)」が原因となっており、これを書き換えることにより「感情」が変わり「行動」が変わると云う訳です。ここで「非論理的な文章記述=思考(認知)」と云うのは、前回にも示したように、「事実」に基づいておらず「論理性」をもっていない、すなわち客観的に証明できない「文章記述=思考(認知)」と云うことになります。

伊藤(1990)は論理療法では諸悪の根源は非論理的な文章記述にあると考えているここから論理療法は出発する(伊藤,1990)と宣言し、そして論理療法の手法を【第一段階】自分の感情の源である「非合理的・非論理的思考(非論理的な文章記述)」に気づいてもらう。【第二段階】「非合理的・非論理的思考」を意識化したなら、それを断固粉砕して「合理的・論理的思考(論理的な文章記述)」に書き換える、この二段階であると説明しています。第一段階は「気づき」=「洞察」=「無意識の意識化」と云うことですから、A.エリスが当初立脚した精神分析と変わりません。論理療法では、さらにそれを書き換える第二段階が加わると云うわけです。

エリスの表現をそのまま借りれば、『神経症者は非論理的文章記述で洗脳されているので、それを逆洗脳するのが論理療法』ということになる。はじめ、カウンセラーによって非論理的な内的文章を指摘され、説得されるという過程があっても、やがては各自が自分で自分の非論理的文章記述に気づき、それを修正していくことができるようになっていく、つまり自己説得できるようになることこそ論理療法の終局的な目標である(伊藤,1990)

と云う訳で、次回『解題「自己変革の心理学」(第4章)後編』では、それでは何故、私たちの思考が歪むのか?と云った部分に触れたいと思います。


jikohenkaku
【文献】
伊藤順康(1990)「自己変革の心理学」講談社現代新書


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