20170711_話し相手

心に悩みを持ったり、憂鬱に苛まれたり、対人関係に苦しんだりすることが、人には往々にしてあります。そうした生き辛いとき、少しでも生き易くなる為の方法のひとつとして、「対話の豆知識」では「論理療法」をとりあげ、ここまで「自己変革の心理学 ~論理療法入門~」(伊藤順康 著) を皆さんと一緒に読み進めてきました。今回はいよいよ最終回です。ちなみに「第6章 日本人の心性と思考の歪み」は、興味深くはありますが、直接ここでの関心からは逸れますので省略します。

第7章 論理療法のまとめ

論理療法の骨子

まずは、簡単にここまでみてきた論理療法の外観を振り返っておきましょう。

そもそも論理療法の背景には現象学があります。論理療法では、人の「感情」と云うものは、その人が経験した「出来事」から直接に沸き起こるのではない、と考えています。人はその様な「出来事」、すなわち外界からの刺激そのままの「物理的世界」に生きている訳ではないと考えるのです。なぜなら、人は経験した「出来事」を様々な形で受け止めます。同じ出来事であっても、それを経験した人の「信念/考え方」によって、その受け止め方(認知)が異なるのは云うまでもないでしょう。つまり、人は「事実の世界/物理的世界」に生きているのではなく、「受け止め方の世界/現象学的世界」に生きていて、その受け止め方(認知)によって、沸き起こる「感情」も人によって異なるのだと考えます。これは現象学の考え方そのものです。

ここから、「(A)出来事」⇒「(B)信念/認知」⇒「(C)感情」と云う具合に、「感情」は「信念/認知」によって規定されるのだと考えます。そして「(B)信念/認知」には「非合理的・非論理的思考(イラショナルビリーフ)」と「合理的・論理的思考(ラショナルビリーフ)」との2種類があり、論理療法とは、このような「非合理的・非論理的な思考」を見つけて取り出し、それに有効な「(D)反論」を加えて、次第にその人の「考え方」を変えさせ、自滅の方向から救い出し、さらには適切な感情と思考を取り戻すこと、つまりは「(E)効果」を得ることを通じて、よりよき自己実現、幸福な生活に向かうのを援助しようとするカウンセリング理論だと云えます。

A(Activating event:出来事)
B(Belief system:考え方、受け取り方、認知)
C(Consequenceb:結果、感情、悩み)
D(Dispute:反論、反駁)
E(Effect:効果)

伊藤(1990) に云わせればこうなります。AがCを生むのではなく、BがCを生むのである。Aに変化がなくとも、Bが変わればCは変わるのである。このBを変えていこうというのが、論理療法の中心である」「Aを変えることが可能であるならば、Aに働きかけてこれを変えていくことも、当然視野に入れておかねばならない」「Dは、反論すなわちイラショナルな考え方Bを粉砕する段階のことである。つまりイラショナルなビリーフをラショナルなビリーフに修正する段階である。これをいかにして追及するか。カウンセラーの説得療法によるか、自分自身を逆洗脳するかである。これが成功すると行動が変容する。効果Eの段階である(伊藤,1990)。

では、「非合理的・非論理的思考(イラショナルビリーフ)」と「合理的・論理的思考(ラショナルビリーフ)」とをどう区別するのでしょうか?

・事実に基づくビリーフかどうか。
(「不当な一般化」「過度な一般化」に陥っていないかどうか)

・論理的必然性のあるビリーフかどうか。
(考え方に筋道が通っているかどうか)

原理的には、これらの基準により区別することが出来ます。論理療法では、「非合理的・非論理的思考(イラショナルビリーフ)」によってもたらされるネガティブな「(C)感情」を、「非合理的・非論理的思考(イラショナルビリーフ)」を変容せることによって、ポジティブな、あるいはニュートラルな「(C)感情」へ変えて行こうとする試みです。

論理的情動心像法

先に伊藤(1990)は「(B)信念/認知」の修正についてカウンセラーの説得療法によるか、自分自身を逆洗脳するかであると述べています。自分で自分を逆洗脳する、すなわち、自己の論理性を増し、非論理的な考え方を減少させていくのにあたり、伊藤(1990)は自己訓練のヒントとして「論理的情動心像法」を紹介してもいます。

簡単に触れておけば、これは、イメージを用いた認知の書き換えの訓練です。不愉快な事実に直面した時の不快な「(C)感情」をありありと思い起こし、この感情を自分で強制的に変化させる。変化したそのとき「(B)信念/認知」に何が起こったのかを検証するというものです。また、肯定的な思考と想像を用いて「(B)信念/認知」への「(D)反論」を行って「(B)信念/認知」を変化させ、更には「(C)感情」を変えていく訓練でもあります。

第8章 論理療法実践のためのアドバイス

さて、最後に伊藤(1990)は、自己カウンセリングによって、よりよき自己実現、幸福な生活に向かう実践のためのアドバイスを行っていますので、これらを確認して「論理療法」の紹介を終わりたいと思います。

絶対論的思考に対して闘っていく

「非合理的・非論理的思考(イラショナルビリーフ)」のなかでも特に有害なのは『ねばならない型』の思考、つまり『べき思考』である。こういう『ねばならない型』の思考や考え方は、およそ経験的には確かめえないものであり、すべて独断的で絶対論なものである。そしていずれも、不可避的に感情の乱れと自滅的な行動につながって(伊藤,1990)いくとされます。また、そしてこうした思考は他人や世間に対しても向けられてしまいます。

こうした「ねばならない思考」「べき思考」が自分のなかにないかを吟味し摘出し適切な思考に変えて行くことが大切だとされます。『べきを探せ!ねばならないを発見せよ!』と云う訳です。

自己評価を絶対しない

人間自体に対する評価を決してしてはならない。人間自体の価値を評価することは神の領域に属することとでも云わねばなるまい。したがって「……だから自分はダメな人間だ」という思考は断固として排除しなくてはならないある行為や行動およびその特徴などについては評価はしてもよいし、必要でもある。しかし、人間自体に対する評価はしてはならない(伊藤,1990)。

適切な感情と不適切な感情とを識別する

「思考」「感情」「行動」のいずれにおいても、適切なものと不適切なもの、論理的なものと非論理的なものを、明確に区別していくことが大切です。「不安、憂鬱、羞恥、激しい怒り」などに端を発する「絶望的な不幸感」に陥った際にはその感情をひきおこした思考のところまでおりていって、それが適切であるか不適切であるかを、吟味しなくてはならないのである(伊藤,1990)

【3ステップの反論】非論理的な考え方に反論をする

自分の「非合理的・非論理的思考(イラショナルビリーフ)」を探し、見つけ出したら、それに「(D)反論」を加えていくのが、論理療法の方法ですが、このプロセスには3つのステップがあるとされています。

<洞察1>:問題(感情)には先行するそれを引き起こす一定の条件があることを理解し、またその条件を理解する。

<洞察2>:自分のなかに形成された「非合理的・非論理的思考」(条件)は自分自身で意識的・無意識的に育んできたものだと云うことを理解する。

<洞察3>:こうした思考は、自分がそれを変えることを目指して着実に努力を続ける以外に、変えられないことを理解する。

伊藤(1990)は「罪悪感」と「婚前交渉」との例で説明しています。当面の悩みがどうしようもない自分の罪悪感だったとします。<洞察1>では「罪悪感」はやみくもに生じたものではなく、よくよく考えてみれば自分には「婚前交渉はしてはならない」と云う価値観があることを理解する。次に<洞察2>では「婚前交渉はしてはならない」と云う信念は自分自身で意識的・無意識的に育んできたものだと云うことを理解する。そして<洞察3>として、これに変更を加えるべく、様々な事態を比較したり、価値観を相対化したりする「(D)反論」を加え、例えば「条件によっては婚前交渉も悪くはない」と云った思考に変化させる。と云った具合です。

研修課題をこなしていく

論理療法は非論理的な考えに対して行動をもって反論を加えなければ、人間はなかなか変化しないと云う立場をとります。あえて行動にでること、新しい考え方を実践してみること、カウンセラーは修正された思考を行動に移すことを課題として課す。自分で論理療法を学ぶ者は、自己課題を設定して行動に挑戦するのである(伊藤,1990)。頭で判ったことを実行してみることで、それが仮説ではなく真実なのだと検証していく訳です。

想像力を利用する技法を用いる

たとえば自分のやりたいことがある場合、自分にはそれをやりとげる能力があるのだと想像し、その想像の助けを借りてものの見方を変え、目的の達成に役立てようとする方法である(伊藤,1990)。つまりは、先に紹介しました「論理的情動心像法」をやってみると云うことです。

研修データ集める

自分あるいは他人同士が行う会話こそ、最良の研究データである。会話を記憶し、あるいはテープによって研究材料にしよう。そこで行われる会話は、論理的か非論理的か。会話そのものから得られるものも多いが、それを吟味することによって得られる、つまり鍛えられる自分の論理的能力こそが好ましい(伊藤,1990)。

以上、「自己変革の心理学 ~論理療法入門~」(伊藤順康 著)を皆さんと読み進めることによって「論理療法」について学んできました。心に悩みを持ったり、憂鬱に苛まれたり、対人関係に苦しんだりして生き辛いとき、少しでも生き易くなる為に、自分でも行うことの出来るカウンセリングであると云われます。とは云え、自分だけでなんかするのが難しいとき、対話のなかで行われる「論理療法」的なコミュニケーションが役立つことは云うまでもありません。


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【文献】
伊藤順康(1990)「自己変革の心理学」講談社現代新書


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