話し相手20160928_2

信仰、と云うほど大袈裟なものでは全くないが、僕の家には神棚がある。そして、神棚、と云うほど立派なものでも決してない。なにせ僕がハンドメイドで拵えたものだ。一応は朝には二礼二拍一礼で手を合わせている。云うまでもなく時々は忘れるのだが。

それはともかく、収められた御札が少々珍しいのではないかと思うので紹介してみたい。中央はもちろん 「天照皇大神宮」。これは当然である。話し相手20160928右側が 「西宮神社」。福男選びで有名だが、このあたりの氏神様である。そして左側。崇敬する神社の御札が収められるこの位置には 「三峰神社」 から借り受けた御眷属ごけんぞくの御札が収められている (本来的には御眷属ではなく三峰神社の御札を収めるべなのだろうが)。秩父にある神社であるが、この神社は狼神社として知られている。僕自身、それぼど信仰心の篤いほうでもないのだが、ある時、偶然にその事を知って興味を持ち、調べるうちに次第に心惹かれ、ついに三峰神社で御眷属を借りるに至り、こうして祀っている訳である。

なんでも、関東を中心に東北や西側にも拡がった「狼信仰」と云うものが、この国には存在している。東京の武藏御嶽神社や同じく秩父の宝登山神社などが有名であるが、そうした神社では、狼を 「お犬様」 として祀っているのだ。人々は個人的に崇拝信仰する場合もあれば、それぞれの地域で 「講」 と呼ばれる集団を組織して、定期的に講員全員、ないしは代表者がその神社に参拝する (代参) 場合もある、と云ったものだ。まあ 「冨士講」 と同じで信仰の対象が違うだけとも云える。が、その対象が狼であるのが興味深い。

たとえば三峰神社は倭建命 (やまとたけるのみこと) が伊弉諾尊 (いざなぎのみこと) ・伊弉册尊 (いざなみのみこと) を祀ったのが創建とされるが、この東征の際に秩父の地を道案内をしたのが狼 (山犬) だったと云う。話し相手20160928_3以来、狼は倭建命の、更には山の神のお使い (御眷属) として崇められ、火盗除、病気除、害獣除、憑物除、諸難除の霊験あらたかと云う事だ。ちなみに三峰神社では、「お炊き上げ」と称し、毎月10日夕刻に「近宮」で三峯神社の神域の御眷属を祀り、19日夕刻には「遠宮」で諸国に貸し出されている御眷属を祀って小豆飯を炊き上げて供える行事が執り行われている。更に、各地で行われている信仰のスタイルがなかなかに興味深い。都市部では難しいだろうし、現在では継続されていない場合もあるだろうし、地域による違いもあるだろうが、一部を紹介するとこんなものがある。

まず、代参の前に行われる、山の神と御眷属への供えと同じ物を食べる「直会なおらい」。集落と山間部との境に建てられた祠などに祀られた御眷属に、毎月19日の深夜未明に赤飯などを炊いてお供える「お炊き上げ」。赤ん坊が生まれた際に先の祠に供え物をする「御産立おぼだて」。似いているが今度は狼が子供を産んだ時に、その産見舞さんみまいとして山に赤飯を備える「お産見舞ぼやしない」。そもそも、狼が子供を産んだことをどうやって知るのだろう?と思うが、狼が子供を産む時は、独特な鳴き声をあげると云う。そして、「心ぐなる者」 だけがその声を聞く事が出来ると云うのだ。

こうした信仰の背景には次のような事情もある。その昔、山にまだ日本狼が生息していた頃、よく里には狼が出た。狼は、猪やら鹿やらの農作物の害獣を食する。それは山と農業にとって恩恵である。話し相手20160928_4よって農家の人達は山の神と狼とを祀ったのだった。だが一方で、狼は家畜を食べるし場合によっては人をも襲う。すると今度は、それを軽減する為に祈る。これをやるから家畜は食ってくれるな、ここから里には降りて来てくれるな、と云う訳だ。つまり狼は、人に恩恵も与えれば、災厄も及ぼす存在だったのである。人々はそれにたいして祈り、狼の出方を窺うことしか出来ない。そして更には、狼とは山の神の使いでもあったのだ。だとすれば、こんな思いも湧いてこないではない。当時、人々は狼を通して「自然」を見ていたのではないか? 自然は人々に恵みを与えると同時に脅威をも与える。自然を支配する事など出来はしない。出来るのは、何とか推論しながら、上手く付き合って行くことだけだ。人と自然との間に、安心して前提となる共通の規則などない。自分(人)に当てはまることが万人(自然)に当てはまるなどと云う事は決してない。つまり、云ってみれば、人々はそこに<他者>を見ていた訳である。心直なる者とは<他者>を知る者ではなかったか?

そうした思いを受け継いできた人々の想いを、僕は尊いと思う。山を、自然を思い、畏れ、その振る舞いに驚きながら、ずっと大切に付き合って来たの人々の想い……。と云う訳で、僕の家には神棚がある。


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